こんぬづわー、元・岩手県盛岡市地域おこし協力隊きのぷーです(*> ᴗ •*)ゞ
今日は宮城県北の町、登米(とめ)市に行ってきましたーレポートをお届けします(^∀^)ノ
早速行ってみましょう!
今回は、宮城県南三陸町にある「入谷YES工房」さんの見学と、南三陸町観光協会さんの職員の方とのお打ち合わせが目的で日帰り出張の予定でしたが、南三陸町に入る前に、観光調査と産直視察も兼ねて、久しぶりに登米市の旧登米町(とよままち)エリア・寺池地区を尋ねてきました
みやぎの明治村・登米市登米町
登米市登米町(とめしとよままち)には明治時代を偲ばせる洋風建築物や蔵造りの商家、藩政時代の武家屋敷や史跡が多数現存していることから、「みやぎの明治村」として観光客や教育旅行の受け入れを推進しております。また、郷土料理のはっとや油麩、瓦せんべいなどの地場産品も豊富です。
登米市は「とめ」と読みますが、登米町は「とよま」と読みます。なんで違う読み方になったのかはこちらの解説を是非ご覧ください
みやぎの明治村そぞろ歩き
これまでに登米町へは何度も訪ねてはきましたが、武家屋敷通りの東側の路地をそぞろ歩き。この界隈をちゃんと歩いたのは初めてかも。
観光案内所と産直コーナー含め地場産品が販売ブースを兼ね備えた登米町の観光拠点施設です。お食事処「蔵.ら〜」で、麺類・ごはん類や定食各種、登米の郷土料理をどうぞ
明治21(1888)年に落成した登米高等尋常小学校。現在は教育資料館として活用されております。登米市・登米町の代表的な建造物と言っていいでしょう。国の重要文化財。
地元の豪族の館の門を移築したものと伝えられているご立派な門。敷地内の住宅は民家のようです
遠山之里の前にある信号を渡り後小路を南下したところにあるお店。昔ながらの手作りの美味しいだんごをどうぞ。定番は5色だんご。
昭和36年、遠山之里近くの寺池城址に建てられたものが今年9月に現在の地に移転新築されました。
こちらは新築の古民家。昔の郷土住居の完全な新築を今まで見たことがなかったので斬新。全体的には惑うことなく古民家ですが、LED照明や暖房器具など、随所にハイテクが導入されてました。
武家屋敷「春蘭亭」。元々鈴木家の屋敷でしたが、平成元年に登米町に寄付されました。
その後、屋敷内に囲炉裏を囲む喫茶コーナーをオープンし、長年多くの方に利用されて続けています。
当時のモダンな建物と日本家屋が同居する通りへ
蔵造りの商家が立ち並ぶ寺池地区界隈を歩きます
商店内の建造物数点、国の有形文化財に指定されています。景観と建物保護のためにも、電線地中に埋め込みを・・・是非!
しとみおろし戸とは、上下に上げ下ろしして開閉する扉のこと。登米町観光物産協会(現:登米市観光物産協会)のプレートの説明文によると、
「当主によれば、この建物は文久年間(1862)のけんつくで小間物・荒物商を営み後麹を営んだ店舗である。藩政、明治の商家の面影を偲ぶ貴重な遺構である。」
登米市観光物産協会
明治22年落成。昭和43年(1968)の新庁舎落成まで現役で稼働。現在は旧本庁舎と併せて留置場も復元され、日本でも数少ない警察資料館として一般公開中。
警察資料館に隣接する「玄昌石の館」。かつて玄昌石の産地としても名を馳せていたようで、それにまつわる資料が多数展示されています。
三軒連なった長屋建て土蔵造りの商家。改めて見ると、寺池界隈貴重な建物だらけやん。。。
白壁土蔵づくりのヤマカノ醸造株式会社の社屋。株式会社鈴彦商店の醸造部門を独立分離させて創業された会社とのこと。なお、株式会社鈴彦商店は医薬品卸販売事業を発展させ、現在は株式会社バイタルネットとして今なお成長を続けておられますが、鈴彦商店の源流はここにあります
昭和初期の看板建築。金山タクシーの表記、味わい深いな~。会津若松の看板建築もいがった。
このまま登米に留まりたいところですが、そうも言ってられませんので、ここらで登米市をおいとまし、南三陸町に向かいます